Restart(2)

リビングのソファとテーブルが離れていたせいか、ソファの下に座って行儀よく待つ彼女にコーンポタージュを差し出す。
ソファに座って膝の上にトレイを置くかいと声をかけたが、おばあちゃんのところでもこうやって食べるのだと言われてしまった。
けれども承太郎の実家は畳で、ここはフローリングだ。
床に座ることが出来ないわけではないがそもそもの居住スタイルが違う以上、向き不向きというものがある。
『おばあちゃんの家の床は緑色だったんじゃないかい?ここは木だから、緑の床より硬くて冷たいよ』
いくらラグを敷いているとはいえ、季節を考えれば段々と体も冷えてくるだろう。
あまり勧められたものではないのだが、彼女は笑いながら大丈夫よと答えるだけで。
『我慢しなくていいから、寒かったらいつでも言うんだよ?』
『ありがとう、ノリアキ』
そのまま嬉しそうにパンを手に取る彼女に、それ以上何も言えなくて。
まったく変なところで良く似た親子だと関心しながら、僕は承太郎の前にトマトスープを差し出した。
「これは?」
「彼女が、君にだって。いつも飲んでるそうじゃないか」
「いつも…まァ、飲んじゃいたが」
ちらりと承太郎が徐倫ちゃんの方を見て、もう一度スープを見つめる。
「奥さんが作ってくれてた?」
「…ああ」
父親があの無口な承太郎ということもあって、ちゃんと娘と意思疎通出来ているのかとも思ったけれど…そんな心配が杞憂に思えるほど、彼らは良い関係を築いているようだった。
──それなら尚更、離婚なんてしないで欲しいものだが。
『ありがとな、徐倫』
承太郎の言葉こそぎこちないものの、頭を撫でられた彼女はとても嬉しそうだ。
口の周りに沢山ジャムをくっつけて笑っていた彼女のお腹も満たされたようで、それほど経たないうちにソファに座ったままで眠ってしまったのだった。

「おやおや。お姫様がお休みのようだよ、パパ」
「茶化すんじゃねえ」
お代わりのコーヒーを彼のカップに注いでやってから、彼女の周りの食器を軽く退ける。
起こさないようにそっと両手で彼女を持ち上げれば、思ったより随分と軽かった。
「よい、しょっと…やっぱり女の子だけあって軽いね」
まだ七歳だという彼女はこんな僕でも危なげなく抱え上げる事ができるほどで、手足が長い分かえって抱き上げやすいように感じた。
けれどそのまま寝室に運ぼうとした僕の隣に、いつのまにか彼女の父親こと承太郎が立っていて。
「俺が代わる」
「心配しなくたって、徐倫ちゃんを落としたりしないよ」
そう答えたものの、承太郎がこちらに手を伸ばしてきたので起こさないように気を付けながら、そっと彼女を渡した。
「寝室はそのドアの向こうだよ。ベッドを使ってくれて構わないから」
「分かった」
ギィと扉を開ける音を聞きながら、僕は先程退かした食器をキッチンへと運んだ。
使用済みの皿などをまとめてシンクに置いて、何か摘めるものはなかったかとそこらを見渡せばクラッカーの箱が目に入る。
それを適当に皿にのせて部屋に戻れば、既に彼女を運んで戻ってきていた承太郎がソファに腰掛けていた。
「君もお腹が空いたんじゃないかい?とは言っても、うちにはあんまり食べ物がなくてね。お構いも出来ず申し訳ないけど」
そう告げてからクラッカーをテーブルに置いて、彼の隣に腰掛けた。
「…で、どうして僕の部屋に?」
そもそもの本題を切り出せば彼は一瞬唇を開いて、けれどすぐに閉じてしまう。
言葉を選んでいるようだったが、そこは流石承太郎と言ったところだろうか…紡がれた言葉は淀みひとつない、普段と変わらないそれだった。
「テメーの顔が見たくなっただけだ」
「ふふ、離婚して元恋人のところへ?随分君らしくないじゃあないか」
とはいえ、悪い気はしない。
彼のその言葉の真意がどうであれ…例え精神的に参っていたから旧知の友に愚痴を聞いてもらいたいだけだったとしても、彼が僕を相談相手に選んでくれたことが嬉しかった。

承太郎が随分前に結婚したのだという知らせを聞いたのは、僕が目を覚まして暫く経った頃だった。
医師との会話の中でふと、昔の仲間はどうなっているのかと尋ねたことがあった。
別段何を考えていたわけでもなく、ただ思いつきで口にしたその質問だったが…内容を聞いたときはいっそ全てが夢ならいいとさえ思ったものだ。
仲間の半数は平和と引き換えにその尊い命を犠牲にしていたし、かつて戦地でありながら互いを求めて肌を重ねた相手は結婚していて…長い年月の中で、僕だけがすっかり取り残されていた。
その事実を知った時は流石に精神のほうがどうにかなりそうだったが、SPW財団が今後このようなことが起きないためにもスタンド能力の研究のために協力してほしいという話を持ちかけてきてくれたおかげで、死体同然だった僕に生きる理由が与えられた。
コネで就職することに躊躇いがない訳ではなかったが、いつガタがくるか分からない体ではろくに働ける保証もない。
ならばこの体について少なからず理解してくれている場所で働いている方が、たとえ僕に何かあっても迷惑をかけたりすることもないだろうと思い、ありがたくその誘いを受け入れた。
けれどもそんな消極的な理由から選んだ割には居心地も悪くなかったので、これでどうにか一人でも生きていけるだろうなんて思ったりもしていたのだが。
「…俺はずっと、お前が死んだと聞かされていた」
いつもより低い、腹の底から搾り出すような声で承太郎がそう口にする。
確かにあの状態を考えれば、どんなに楽天的な性格の人間であろうと僕が生存しているなんて考えには至らないだろう。
今だってこの腹の中身はほとんど空っぽで、あるべきところにあるべきものがないのだ。
胃の殆どを失ってしまったので食も細くなってしまったし、家に食料の買い置きがないのもそのせいだった。
加えて、長いことベッドに寝たきりだったせいか、すっかり筋肉も落ちてしまっている。
そのためこうして承太郎の隣に並ぶとより体格差が目立ってしまうのだが…だからといってこればかりはどうしようもない。
「死んだよ。今生きているのは…抜け殻みたいなものだ」
命を繋ぎとめてくれた医師達には感謝しているが、目覚めてからこのかた『あのとき死んでいたら』と考えない日はない。
好きな本を読んでいるときも、お気に入りの音楽を聴いているときも、ふとした瞬間に湧き上がるその感情をどうすることも出来なかった。
「俺のせいか」
「まさか。君は案外ナルシストだったんだな。恋人に振られたくらいで死ねるのは小説のヒロインくらいのものだよ」
何だそれはと尋ねられたので、無言で部屋の一角に積み上げられた本の山を指差した。
「毎日少しずつ読んでるんだ。昔から好きだった作家でね…寝ている間に新刊が沢山出ていたようで、追いかけるのが大変だよ」
「…そうか」
それきり、長い沈黙が訪れる。
世間話でも切り出してみようか、それとも奥さんのもとに帰るよう説得でもしてみようか…なんて考えていると、突然承太郎が口を開いた。
「頼みがある」
「君が?僕にかい?」
「なに、難しいことじゃねえ。ただここに住まわせて貰いてぇだけだ」
「そんなことか…って、何を言ってるんだい君は」
さらっと口にするものだから大したことのないように聞こえるけれど、離婚して娘を抱えた元恋人の男が同居したいと言い出したのだ。
しかもその娘はまだ幼く、母親が必要な年頃ときている。
「無理か?」
少し低くなった声から、彼がとても残念がっているのは伝わってくるけれど。
だからと言って、いくら承太郎の頼みとはいえ簡単に『はいそうですか、いいですよ』なんて言えるわけがない。
「無理だね。大体、君仕事はどうするんだ。ここからアメリカは遠いぞ」
「日本支部に移して貰えば問題ねえだろ。まあ、半月くらいは留守にするかもしれねぇが」
半月で澄むものか、と内心思ったものの口には出さなかった。
SPW財団の医師達によれば、ポルナレフと承太郎はあの旅が終わった後もDIOの手下を探していると聞いた。
詳しいことは分からないが、彼が動いているという事はまだ完全にDIOとの因縁が断ち切れたわけではないのだろう。
「君が…まだあの旅を続けているのは、彼女を巻き込みたくないからかい?」
今度は承太郎が黙る番だった。
そもそもDIOとの因縁は、彼の先祖にあたる人物から継がれたものだと昔聞いた記憶がある。
ならば彼がそれを断ち切れなかった場合、彼の娘がそれを被ることになるのは必然だった。
「承太郎?都合が悪くなるとだんまりっていうのは、ちょっとズルいんじゃないかな」
「…ったく、相変わらずイイ性格してやがる」
やれやれと溜息を零しながら、承太郎は昔と変わらぬ仕草で帽子を目深に被り直す。
「分かってるなら聞くな」
「まったく強情な奴だな。そんなに可愛い娘なんだろう?離婚して日本に来て、仕事の拠点を移したとして…彼女はどうする?母親もいない、言葉も通じない場所で一人じゃ可哀想だと思わないのか?」
「留守番できる歳だ…日本語だってすぐに覚えるだろう。それに」
急に視界が暗くなったことに気付くや否や、唇に熱くて柔らかい感触が押し当てられる。
キスされていると気付いたときには時すでに遅く、ソファと承太郎に挟まれて身動きの取れない僕は唇を思うまま蹂躙されてしまった。
「っ、は…」
「少しばかり日本に滞在しなきゃならねえ事情もあってな」
承太郎の舌は僕の口腔内で好き勝手した挙句、ぬるぬると唾液にまみれた僕の舌まで絡めとろうとする。
ようやく解放されたときにはすっかり息が上がってしまって、肩が上下するのを止められない。
「…ちょっと待て、承太郎」
するりと脇腹を撫で上げる彼の手を捕まえて、それ以降の行為を押しとどめる。
「すまないが、君に抱かれることは出来ない」
そう口にした瞬間、ちくりと胸が痛む。
彼が嫌いな訳ではない、けれど。
「嫌か」
「そうじゃない、君は…君には徐倫ちゃんがいるだろう。君に似て賢い子だ、近い未来なぜ父親と僕が一緒にいて母親がいないのか不思議に思うだろう。その時、君はちゃんと答えられるのかい?」
死んだと思っていた男の恋人が生きていたので、自分の母親と離婚してその男のところへ押しかけた。
真実はどうであれ、きっと世間はそういう目で僕らを見るだろう。
そんな薄汚い噂話に彼女を巻き込むことなんてしたくないし、何より申し訳ない気持ちで胸が押し潰れそうだ。
「君は一度結婚できた、可愛い娘もいる。なのに何で僕の所へ来るんだい?普通、わざわざ道を踏み外しに戻ってくる遭難者なんていないだろう」
「意味が分からねぇな」
ぐいと両肩を掴まれて、顔を覗き込まれる形になる。
いつもより若干険しい表情をした承太郎に睨まれて、それ以上言葉を続けることは出来なかった。
「回りくどいこと言ってねえで、もっとはっきり言え。俺が嫌いならそれで構わねぇ。だが、俺は適当に見繕ってこれが新しい母親だなんてアイツに押し付けるつもりはない」
「い、たい…承太郎」
ぎりぎりと力をこめられて両肩が悲鳴を上げる。
「そんな下らねえ事するくらいなら、最初から離婚なんざしねえ」
これはケジメだ、と。
いつもより強い言葉で言われれば、それきり何も言えなくなってしまう。
下を向いて俯いたままの僕の顎に指を添えたかと思えば、半ば無理矢理顔を上向かせられてしまった。
「おい。黙ってねぇで何か言え」
「日本に滞在しなきゃならない用事っていうのは?」
「杜王町で人探しだ。場合によっては、しばらくホテルを借りることになるだろうな」
何故そんなことをとも思ったが、どうせスタンド絡みであることは想像がついたし敢えて詮索するつもりはなかった。
「杜王町は遠いぞ。それに、徐倫ちゃんはどうするんだい」
「新幹線ならすぐに着く距離だ。飛行機もそうだったが、乗り物が好きみてェだから案外喜ぶんじゃねえか」
「…君が何を言おうと、僕じゃ彼女の母親代わりになれない。彼女は女の子だ。女の子に母親は必要だよ」
「お互い会いたい時には会わせてやる約束だ。それより、アイツの母親代わりだと?」
承太郎の口調が若干荒々しいものになったので流石に言葉が過ぎたかと反省したのも束の間『テメーは俺のだ。アイツは関係ねぇ』なんて耳元で囁かれて、一気に頬へ熱が集まるのが分かった。
「なんだ、やっぱり俺の事が好きなんじゃねえか」
「き、みッ…!!」
タチが悪い、と呟いた唇ごと、彼の厚いそれに吸い取られてしまう。
今度は拒絶することなく受け入れれば、頭の芯から溶けてしまいそうなほど丹念に舌を絡め取られる。
「ふ、ぁ…ちょッ、ちょっと待ってくれ承太郎」
「ここまで来て、やっぱり無理だとか言うんじゃねえぞ」
「違うよ。その…僕の体の事なんだが」
スタンドに意識を集中させて、ほんの少しだけ僕の体から浮かせる。
その途端わずかに体が傾いだ僕を、承太郎はしっかりと抱きとめてくれた。
ありがとうと礼を言ってから、感覚のない自分の脚を何度か掌で叩く。
「ご覧の通りだよ。ハイエロファント・グリーンがいなければ歩くことも出来ない。腿から下が特に駄目なようで、叩いてもほとんど感覚がないんだ」
「スタンドなしで動けねぇのか?」
「上半身は正常だから、這うくらいなら出来るかもしれないけど試したことはないよ。それと、これは非常に言いにくいんだが」
同じ男同士とはいえ気が引けるのはきっと、先程の行為の続きを期待しているからだ。
「排泄は問題ないんだが、その…男としての機能が全く、ね。感覚が全くないわけでもないし、異常ではないようだが原因が分からない」
心因性のものかもしれないとも言われたが、解決策については分からないままだった。
「触っているのは分かるのか?」
「ぼんやりとはね」
「そうか…全く感じねえってわけじゃねえなら、こいつはどうだ?」
承太郎がそう言うが早いか、彼の背後にスタープラチナが現れる。
何故この流れでスタンドを…とも思ったが、彼のことだから何か考えがあるのだろうとそのままじっとしていれば、僕と同じように彼も自分とスタープラチナを重ね合わせた。
「承太郎?君は一体、何をするつも…ひ、っ?!」
「何だ、ちゃんと感じるじゃねぇか」
いきなり股間を撫で上げられて、ぞくりと背筋に快感が走る。
あまりに久しぶりすぎる感覚に思わず妙な声が出てしまうけれど、それを恥ずかしいと思う感情よりも驚きの方が強かった。
「なっ、なんで…」
「スタープラチナならハイエロファントに触れるからな。スタンドに触れれば、本体だって触られた感覚があるだろ?」
確かに感覚はある、あるけれど…まさかそんな方法があったなんて思いつきもしなかった。
試しに彼の手を取って、ハイエロファントを潜ませている腰や股間周辺に押し付ける。
「本当だ。久々の感覚だけど」
何の気なしに気持ちがいいと漏らせば、目の前の大型の肉食獣のような目をした承太郎と視線が重なった。
「テメー、煽ってやがるのか?覚悟は出来てるんだろうな」
「そうじゃないけど…どうだろう」
噛み付くように唇を奪われてそれきり言葉を発することは出来なくなってしまうけれど、先程の彼の質問の答えは見つからない。
このまま流されてしまいたいと思っているからといって、覚悟が出来ているという訳ではないのだ。
あんなに可愛い娘のいる父親に、その彼女からたった数メートルしか離れていない部屋で抱かれることに抵抗がないわけではないが、それでもこの腕の中にいる彼を手放すことはしたくない。
申し訳ないという気持ちに無理矢理蓋をして、僕は彼から与えられる快感に身を任せた。
「…っと、承太郎。ここじゃ…ちょっと狭すぎやしないかい?」
ゆっくりと体が押し倒されるけれど、二人掛けのソファをベッド代わりにするにはいささか無理があるようだ。
肘掛けに頭がぶつかりそうになるのを、承太郎が支えてくれたおかげで衝撃を免れることが出来た。
「チッ。他に寝室は?」
「そんなにいくつもあるわけないだろう」
一人暮らしなのに、二つも三つもベッドルームがある方がおかしい。
単身者向けの狭いマンションだ、彼女がいる寝室を使用しないとなれば、必然的にこの部屋しか選択肢がないも同然だった。
ソファの下のラグを指差して『こことか…?意外とふわふわしていて寝心地はいいと思うんだけど』なんてお伺いを立ててみたのだけれど。
「却下だ」
「…だろうと思ったよ。それにいくら敷物があるとはいえ、フローリングは座るところじゃない。段々体も冷えてくるからね」
「そうじゃねえ。床なんて所でヤって、テメーの背中が痣だらけになったら悪ィなと思っただけだ」
「君ねえ…それはどういう──」
いきなり体を抱きかかえられたかと思えば、床に座った承太郎の膝の上に座るような体勢で下ろされる。
向かい合わせで座っているというのに、何故か気恥ずかしくて承太郎の顔が直視できなくて。
そんな僕に焦れたのか背をが反り返るほどきつく抱きしめられて、その息苦しさから思わず喉が鳴る。
耳に当たる吐息がやけに擽ったくて身を捩るけれど、承太郎は止めるどころか軽く唇で食んだり、引っ張ったりという悪戯まで仕掛けてきた。
「ちょ、承太郎…くすぐったいって」
まるで僕の反応を楽しむように、承太郎は僕のこめかみや耳朶、首筋に触れるか触れないかのキスをしてくる。
むずむずとこそばゆい感覚に身を引けば、逃がすまいとより一層強い力で引き寄せられて、呆気ないほど簡単に彼の腕の中に閉じ込められてしまう。
「…ッ…あ、ぅ…」
僕の自由を奪ったままで彼の右手が衣服越しに僕自身を刺激するたび、久しぶりの強烈な快感に自然と腰が揺れる。
しかしその動きが、僕の意図しないところで彼を刺激する結果になってしまった。
密着している腰の辺りに硬く熱を帯びた彼自身を押し当てられて、その圧倒的な質量に眩暈すら覚える。

「承太郎…」
どうとでもしてくれて構わないのに、いつも彼は僕に優しすぎるのだ。
今もこんなに熱くなっているというのに、彼は自分の欲望をどうこうしようというつもりはないらしい。
「スタンドと同じ動きをするっていうのは意外と難しいもんだな」
「ひ、っ!」
難しいという割に、その動きは普段の彼とそれほど違いがないようだった。
承太郎はスタープラチナを忍ばせた手を僕の脇腹のあたりから衣服の中に侵入させ、ゆっくりとなぞりあげるように愛撫をする。
腹の傷辺りを優しく撫でられたときは涙が出そうになったが、そんな僕に気付いたのか、承太郎はそれ以上そこを触ってはこなかった。
胸の突起を彼の太い指で転がすように刺激されれば、じんとした快感で頭の芯から麻痺していく。
変な声が出ないようにと口を押さえたり意識を逸らそうとしている間に、気付かぬうちに両胸を弄られていることに気が付いたが、気付いたからといって制止出来るわけではない。
摘んだり押しつぶしたりと多様な指の動きに翻弄されて、段々と僕の息も荒くなってくる。
「じょお、たろ…なんで、そこばっかり…」
彼の右手を掴んで引き剥がし、一瞬躊躇ったがその腕を股間に押し付ける。
逃がすまいと両腿でそれを挟みこめば、圧迫による刺激のせいか体にびりりとした衝撃が走った。
それは紛れもなく快感で、そのまま承太郎の手にぐいぐいと僕自身を擦り付けるけれど。
「おいおい、そんなに焦るんじゃねえよ」
苦笑いと呼ぶには甘ったるい、彼にしては柔らかい雰囲気でそう窘められた拍子にふと我に返る。
「あ…その、すまない…」
数ヶ月ぶりの性的快感だったとはいえ、今までの自分の痴態を考えると顔から火が出そうだった。
「でも…意地が悪いぞ、君」
つい言葉がたどたどしくなってしまうのも、逃げ出したくなるほどの羞恥を堪えているせいだ。
それが分かっているんだろう、目の前の男は心底おかしいという様子でくつくつと肩を震わせていた。
「…いつも余裕だな」
「余裕なんざねえよ」
ほらな、と僕の手が彼の股間へ導かれて、その質量に思わず言葉を飲み込む。
そのまま手を引くこともできなくて、少し悩んだのちファスナーをあけて、窮屈そうに下着を押し上げている彼自身を軽く握りこんだ。
「おい、ッ」
「僕も…君にしたい」
ゆるゆると何度か上下に動かせば、掌のぬるりとした感触から承太郎も感じてくれていることが分かる。
夢中になって扱きあげようとした僕だったが、承太郎が同じように僕自身を人質にとったせいでそれも難しくなってしまった。
「こら…集中、できない…だろ…ッ」
「っるせー、テメーだって同じ事してるじゃねえか」
竿を包むように握りこんで上下に動かしているだけの僕とは違って、承太郎の手は的確に僕の弱い所を攻め立ててくる。
先端のくびれから裏筋を辿り、ぬるりとした分泌液を塗りこめるように全体を扱き上げる動きに、段々と理性が飛びそうになって。
「じょうたろ…そろそろ…」
旅の途中、何度か隠れてした行為をねだる。
あの時は戦えなくなってはまずいからと、思い切り彼に抱かれることは出来なかったけれど、今ならそんな事を気にする必要もない。
思うまま彼を強請っていいのだと思って口にした言葉だったが、あっけなく彼に却下されてしまった。
「いや、今日はしねえ」
「…え…?」
「勘違いするなよ、『今日は』だ」
彼の両腕が僕の臀部を掴んで、そのままぐいと引き寄せる。
すっかり興奮して立ち上がっている僕自身が、同じように露になっている彼自身に触れた。
それをまとめて彼の手で握りこまれて、その熱さと弾力に一層快感を煽られる。
「花京院…」
耳元で何度も確かめるように名を呼ばれて、それに答えるように彼の名を口にする。
そのうち視界にちらちらと白い火花のようなものが見えるようになって、そろそろ限界が近い事を知った。
もどかしい快感を早く吐き出したくて、より一層強く承太郎に抱きついた僕は、彼の手の動きに合わせて腰を上下に動かす。
「っ、じょうたろ…ッ!」
びくんと体を震わせて僕が吐精したのに続き、間もなくして承太郎も限界を迎える。
はあはあと荒い息を必死に整えながらも、寄せられる唇を拒むことはできない。
酸欠か、それとも別の理由かは分からないが、頭の芯が痺れ始めたころようやく彼の唇が離れていった。
「は、ぁ…承太郎、はい」
少し離れたところに置いてあったティッシュの箱に手を伸ばして、何枚か引き抜いて彼に手渡す。
汚れた手を拭うために渡したのだが、何故か彼は僕の後始末までしてくれるつもりらしく、数枚重ねたペーパーでそっと僕の掌と僕自身を清めてくれた。
その手馴れた様子に思うところもあったが射精後の脱力感の方が勝ってしまい、黙って彼のされるがままになる。
「…やっぱり、スタンドで触らねぇと駄目なのか?」
「へ?」
そう尋ねられてふと自分の股間に目をやれば、綺麗にしたはずのそこを握りこんでいる大きな掌が目に飛び込んできて。
「なっ、いきなり何を言い出したかと思えば…!」
ぺチンと軽い音がするくらいの力でその手を叩き払えば、渋々といった様子で承太郎が絡めていた指を離す。
改めてそう言われれば、掌の温かさが失われていく感覚こそあるが、先程までの身を捩るような快楽は得られそうもない。
生身の彼に触れられているというのに、全く反応しない自分が酷く惨めになる。
「…無理に僕に付き合ってくれなくてもいいんだよ。何も好き好んでガラクタに手を出したりしなくても──」
「少しは人の話を聞け…誰もそんな事言ってねぇだろ。俺が考えてるのはセックスする時、突っ込んでも気持ちよくねえ場合どうするかって事だ」
「な、っ!!」
あまりに直接的な物言いから、承太郎が若干苛立っていることが窺い知れたがそれどころではない。
そんなことを考えるなとも言えないが、だからといって一緒になって頭を悩ませることなど恥ずかしくて出来そうもなかった。
今度じっくり試してやるなんて言われたところで、それじゃあよろしく頼むなんて答えられるわけがなくて。
「なんだか君、ずいぶんイイ性格になったようじゃないか。結婚は人を変えるって本当だったんだな」
「何だ、妬けるか?」
「妬いてなんていないよ、むしろ二人目は男の子が生まれればいいなと思ってね。姉弟なら歳が離れていない方がいいと聞くし、君ちょっとアメリカまで行って来たらどうだい」
「…やれやれ。テメーのその腐った性根もひっくるめて好きだぜ」
「そりゃどうも」
それなら飽きるまでここにいればいいと伝えれば、マンションの床を剥がして骨が出てくるとはホラー映画の世界だななんて言葉が返ってくる。
そんなやりとりを好ましく思ってしまう僕には、やはり彼を手放すことなんて出来ないという事だろうか。
玄関を開けた時から僕の負けが決まっていたのだとすれば、とんだ押し売りもあったものだ。
「彼女が起きたらなんて説明するんだい?」
「そうだな。新しい家族が増えたとでも言えば分かるだろう」
分かっていいのかという疑念もあったが、色々あって疲れた頭では上手い反論すら思い浮かばない。
時期はずれではあるが、ないよりはマシだろうと引っ張り出したタオルケットに二人で包まってラグの上に寝転がった。
「あー…朝起きられるかすごく不安だよ」
「やかましく起こしに来るヤツがいるから安心して寝ろ。俺も眠い」
伸びてきた彼の腕は温かく、その重さも不快に感じなかった。
そのうちすうすうと規則正しい彼の寝息が聞こえて、その規則正しいリズムに眠気を誘われる。
「おやすみ承太郎…それから、徐倫ちゃんにも」
ここにはいない彼女にも挨拶をしてから、静かに瞼を閉じる。
これからの奇妙な新生活のことを考えながら、僕も静かに眠りについたのだった。

End.



-Template by Starlit-